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拝啓 社長殿 2013年6月号「日中ビジネスの掛け橋となる商人たち」

拝啓 社長殿
日税国際税務フォーラム

今回のテーマ: 日中ビジネスの掛け橋となる商人たち

中国に進出している日本企業は、3万3420社(平成23年10月時点:外務省調査)を数えます。
尖閣諸島問題や国会議員による靖国神社参拝などを背景に、日中の政治関係は悪化しています。
中国の成長率が今後6.5%に低下することが予想されていること(2013年4月2日:英フィナンシャルタイムズ紙)、
人件費をはじめとしたコストの急増など、日本企業の中国進出に対するマイナス面の指摘が増えつつあります。

1 800年前の日中貿易の掛け橋

日本と中国の間における文化・経済の交流は中国の後漢時代(57年)からスタートし、今日に至る2000年の間、一度も中断されていません。
特に9世紀から14世紀にかけて、唐と宋の商人たちは来日し、日中貿易を発展させました。謝國明(1193~1280)は、それらの商人の代表格です。

博多駅から10分ほどの御笠橋付近に、謝の墓地がありますが、毎年8月21日に謝國明遺徳顕彰慰霊祭(大楠様の千灯明)が開催され、
謝が中国から伝えたと言われるそばと饅頭が振る舞われるなど、現在においても地元民に敬愛されています。

中国浙江省臨安府(現在の杭州市)出身の謝國明は、鎌倉時代に日本に移住し、日本籍に帰化した貿易商人です。
鎌倉幕府による民間貿易の解禁を背景に、中国(南宋)から陶磁器や絹織物、書籍や文具、香料や薬品、美術品などを日本に輸入し、莫大な富を築きました。
貿易だけでなく、承天寺の建立に土地を寄進し、南宋で修行する円径璽弁円に経済的な支援を行うなど、日中文化の交流にも大きく貢献したと言われています。

謝が日本において日宋貿易を展開している時期の日中関係は、必ずしも良好なものではありませんでした。
1271年にモンゴル帝国(元)が南宋を滅ぼした後の1273年における博多侵攻(通称「蒙古襲来」)前後には日中外交は混乱を極め、
日本国民の中で抑えきれない「反元感情」が湧き起こったことは想像に難くありません。
日中関係が悪化を続ける中にあっても、謝が中国に戻らず、日本でビジネスを続け、死後も日本の国民に祀られ、敬愛を受け続ける理由は何でしょうか。

2 文化交流をツールとした地域貢献

謝が日中関係の混乱のなかで、日中貿易を継続することが出来たのは、文化交流を軸とした地域貢献が支えになっていたと言われています。
祭祀への寄付をはじめとして、針治療や年越しそばなど、謝は博多住民の精神生活から日常生活に至るまで、あらゆる面に目を配り、貢献をし続けました。

2012年9月の反日デモの際には、多くの日系企業の工場や店舗が被害を受けました。
一方で、人民解放軍が日系企業の被害を喰い止めるべく治安維持活動に尽力していたことも事実です。
その日系企業の地元に対する貢献を見るべき者は見ていたということでしょうか、
国籍に関係なく、地元に貢献する人が地元に愛され、守られていくことは、謝國明の時代も今も変わりがありません。

お見逃しなく!
日中2000年の文化・経済交流史の中では、鑑真や阿部仲麻呂は文化交流の面の代表的な人物でしたが、
21世紀の日中関係においては、経済交流が重要な要素になってくるものとみられます。
中国がこれから環境改善(PM2.5問題)や産業構造改革(製造業からサービス業、外需から内需への転換)を実施していく中、日本の経験と技術は不可欠です。
政治とは一線を画し、その地域、その国の国民に必要な経験や技術を提供し、Win-Winの関係を築くことが、どの時代においても、国際ビジネスの王道ではないでしょうか。

asg

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